博多といえば

博多と聞いて思い浮かべるもの、それはなんでしょうか。博多ラーメン、屋台、辛子明太子、博多どんたく、中州の繁華街といったところでしょうか。みなさんはその名の由来、そしていまその地名があるかどうかについてご存じでしょうか。クイズ番組でも存在しない博多市を答えるタレントの姿も見受けられ、新幹線などで博多に行ったことが有ればそれはJRの博多駅という名称を目にすること寄るところも大きいのでしょう。

かつては那津、荒津、灘津、冷泉津、筑紫大津という名称と共にあった博多湾は、797年の"続日本紀"の中で"博多津"と書かれていました。その語源は、"土地博く人"、"物産多し"ということから"博多"あるいは大きな鳥が羽を広げているような地形から"羽形(はかた)"。他には海外へ出航する船舶が停泊する潟ということから"泊潟(はかた)"や、いまも鶴の墓は太宰府天満宮境内飛地の榎社にあって射貫いた鶴の羽が落ちたところ"羽片(はかた)"。または、大樹が切り倒されてその葉が落ちた為に"葉形"というような謂われが語られています。海外の文献の中には"覇家台"、"八角島"、"花旭塔のような謂われもあって、これらは”はかた”の様な発音です。この頃においては"博多"という呼び名は今でいうところの博多湾に面している辺り一面のことでした。

一方で、江戸時代に黒田氏が那珂川の向こうに福岡城と城下町を築いたことから、博多湾に面したこの地域は博多と福岡が出来上がり、現在の行政としては福岡市となりかつての福岡は中央区、博多は博多区となりました。明治に入って市制及び町村制が交付されたときに博多市とするかあるいは福岡市とするかの議論が巻き起こりました。当時、城下町の福岡は人口が20410人、町人の町の博多は25677人でしたが、博多市と福岡市と別々にするというような意見も出ましたが、県令によって一つの市とすることになりました。鉄道の駅名が博多駅とすることで、名称を福岡市とすることで落ち着くことになるのですが祖そこに至るには様々な議論や反対派の妨害工作などがありました。その後、福岡市が政令市になった1972年に博多区という名称として“はかた”が復活するに至りました。

博多広く世間では博多の方が通りが良く、地元でも同様で博多側と御笠川に挟まれたエリアであったり、福岡市全体を指したり、その周辺の志免町、大野城市、春日市などの郊外まで含めて呼ぶ人も居てあまりにも曖昧な為に、訪れた人がさらに混乱してしまいます。方言に関しても那珂川を挟んで博多弁と福岡弁があるとされます。現在のJR博多駅も狭義の意味の博多とされる場所ではありません。また、西日本鉄道の福岡中心部の駅の名称は西鉄福岡駅であり、空港の名称は福岡国際空港、港の名称は博多港なのですが、国土地理院の定義では福岡湾と博多湾が存在しています。特産品になると一様に博多の名称が使われ、博多あまおう、博多地どり、博多万能ねぎなどと付けられています。

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